ジャニーズタレント徹底論考

スポンサーリンク↓

だが苦しい時期に入る

ジャニーズ事務所といえば、もともとジャニー喜多川の子飼いであったジャニーズ4人組の事務所、という意味で命名された「個人事業」だった。それが、1975年1月30日、「ジャニーズ事務所」として法人登記(株式会社)した。命名の由来であるジャニーズはもうとっくに解散していたのだが、そのグループを原点としたかったのか、そりともジャニー喜多川からとったジャニーさんの子どもたちという意味でジャニー「'S」なのかはわからないが、そのままジャニーズ事務所として登記された。
思えば、62年に創業以来待望の法人化だったが、ジャニーズ事務所の45年間で、この年から79年までがもっとも苦しい時期にあたると見ることができる。

音楽芸能市場はニューミュージック系が台頭し、男性アイドルはジャニーズ事務所に限らず「冬の時代」といわれた。

ジャニーズ事務所にとって見れば、まず、郷ひろみの移籍がジャニー喜多川を落胆させた。

また、ジャニーズ解散後、GSブームの逆境を跳ね返して人気者になったフォーリーブスは、1978年8月31日に解散をしている。

当時の音楽市場は、女性にも子どもにも人気のピンク・レディーが全盛で、チャーやレイジーなどアイドルロック流行の兆しもあった。

ジャニーズ事務所も、迷走とまで言うには酷かもしれないが、今では考えにくい路線もチャレンジしている。

バンドグループをデビューさせたり、ソロデビューさせたり、女性タレントを入れたりしたのだ。

しかし、ジャニーズ事務所に女性タレントはあまりなじまなかったようだ。何人かのソロデビューはあったが、売れなかったか、もしくは諸事情で長続きしなかった。

要するに、フォーリーブスにかわって事務所の看板になるほどのヒット商品は出てこなかった。

金看板が出てこなければ、事務所は儲からないし次のタレント発掘もままならない。

ジャニーズ事務所にとっては、本当に苦しい時期だったのである。
アイドル帝国ジャニーズ 50年の光芒 (宝島社新書)

アイドル帝国ジャニーズ 50年の光芒 (宝島社新書)

  • 作者: 小菅 宏
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2012/06/09
  • メディア: 新書
スポンサーリンク↓