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“ジャニタレ”の先入観をぶちこわせ!

草なぎ剛、岡田准一、山下智久。2011年春の映画興行収入を競った者同士である。発表時から注目されてきた山下智久主演の実写版『あしたのジョー』。客入れが難しいとされる“ニッパチ”公開は条件的に厳しかったが、それでも草なぎ剛の『僕と妻の1778の物語』とともに興行収入10億円は突破した。役作りという点では数字で一歩抜けだした岡田准一の『SP』もライバルになるが、さてファンの判定はいかに。

過去のリアルチャンプを集めた試写会

商売では数字が伸び悩むと言われるのがいわゆる“ニッパチ”。読んで字のごとく2月と8月のことだ。2月は28日しかなく、8月はお盆休みということがその理由にあるが、お客商売の興行の世界では、8月はともかく、2月は確かに厳しい。

夏冬春休みにもかからず、それどころか入学試験、学年末試験、定期試験の時期で、学生・生徒は映画どころではない。社会人にしたって、今どき暖房のない映画館はないだろうが、1年中でいちばん寒い2月に、じっと座っている映画館に積極的に行こうという気はおきないかもしれない。かといって映画会社も映画館もそれが仕事だから、何かを上映しなければならない。

そんなハンデを抱えた2月に公開されたのが、山下智久が主演する実写版『あしたのジョー』(曽利文彦監督)である。2月7日には、ボクシングやプロレスの常打ち(定期的に興行が行われる)会場、“格闘技のメッカ”である後楽園ホールで試写会を行った。

ボクシング映画だからボクシングの常打ち会場で試写会を行う。2000人程度収容できる会場は大きすぎず、さりとて小さすぎず。リングと客席の程良い距離感は選手にも観客にも好評で、原作にも実名で登場するほどだ。

そこで試写会を行っただけでも粋だが、それだけでなく、何と会場には、世界チャンピオンに上り詰めた12人の日本人元プロボクサーも駆けつけた。輪島功一、ガッツ石松、大橋秀行、内山高志、畑中清詞、中島成雄、飯田覚士、レパード玉熊、佐藤修、川島郭志、坂田健史……。

ボクサーも引退してしまうと“ただの人”になってしまうのか、消息がわからなかったり、表舞台に出てこなかったりする場合もある。だから、これだけのメンバーが揃うのは、ボクシング関係の行事として記念すべきことなのだ。もちろん、ボクシング映画のPRとしてはこれ以上ない光景だ。それら往年の名選手とともに、主演の山下、伊勢谷友介、香川照之、さらにはヒロインの香里奈までリングに上がって全員揃ってファイティングポーズで記念撮影。その模様はスポーツ紙を派手に飾った。

その写真を見れば分かるが、主要な配役の3人とも、実にポーズが決まっている。たんにファイティングポーズの格好いいだけでなく面構え、つまり目がボクサーになりきっている。役作りを徹底して行ったことがわかる。

割れた腹筋は過酷な減量とトレーニングの賜

山下智久のファンの世代ではわかりにくいかもしれないが、『あしたのジョー』といえば、登場人物の葬式まで出すほど熱心なファンもいる漫画史に残る名作である。

68年から73年まで『週刊少年マガジン』(講談社)で連載され、単行本は累計発行部数2000万部を超えた。

アニメ版のジョーの声を担当した元祖ジャニーズのあおい輝彦や、丹下団平を担当した藤岡重慶はハマリ役との評価を得てしまい、そのイメージを守るために、それ以後、声優の仕事を行っていないほどである。

だから、いわゆる“ジャニタレ”である山下が、実写版で矢吹丈を演じることは我慢ならなかったようで、当初、『とんだミスキャスト』『イメージと全然違う』と、その適性を疑問視する声もあった。

「先日までセカンドシーズンをやっていた『コード・ブルーードクターヘリ緊急救命ー』では、一部から『いくらなんでも、あんなシーンはあり得ない』と批判を食らっていた。それに去年のプロバスケを題材にした『ブザー・ビート~崖っぷちのヒーロー~』でも、山下のバスケの実力を見た『bjリーグ』のプロ選手たちが『ドラマとはいえ、なんで俺たちが試合をやって負けなけゃいけないんだよ』ってぶつくさ言ってたんですよ」(「東京スポーツ」(10年3月27日付)

フライトドクターを演じた『コード・ブルー』の場合はともかく、『ブザー・ビート』の時には「プロを専属コーチに呼んで、週2回のバスケ特訓をしていた」(同関係者)が、「お世辞にもプロの選手と呼ぶには遠く及ばない身のこなししかできなかった」(芸能関係者)というのだ。

だから、「『あしたのジョー』の話を聞いた時には“またか”と思いましたよ。いくら鍛えているといってもボクサーのようにはいかない部分もあるでしょうし、『あれはボクシングじゃない』って批判が出ても致し方ないでしょうね」(別のテレビ関係者)ということになってしまう。

監督が90%はCGだったという『ピンポン』の曽利文彦。ならばお得意の最新CG技術でどうにでもできたかもしれないが、やはり演じる者にリアリティがなければ作品は生きたものにならない。そこで山下の適性が心配された。

だが、中性的な王子様アイドルが多いジャニーズ事務所は、その反動なのかマッチョ志向のタレントが少なくない。そして山下もその一人である。

過酷なトレーニングや減量などの役作りは、苦にならないといったら嘘になるかもしれないが、少なくとも目的意識を明確に取り組めるものだった。

現場を取材した映画批評家の前田有一氏は、「少なくとも、山下と伊勢谷の肉体は原作に忠実。2人とも相当に鍛え上げて撮影に臨んでいます」(『日刊ゲンダイ』10年5月8日付)と、偏見や先入観を戒めて正直に評価した。

12月のイベントでは体重を62kgから53.5kgにまで落とし、体脂肪率5%にまで絞りこんだ等身大フィギュアをファンの前に公開。腹筋はもちろん二つにパックリ割れていた。

1月17日に行われた東京・丸の内の東京国際フォーラムにおける完成報告会見では、伊勢谷が「この人、『腹筋バカ』なのかなと思ったぐらい」役作りしていたとコメントした。

そして、この試写会でも、ガッツ石松がお得意のギャグを交えて「OK牧場の映画です」と評価。輪島功一ら元チャンピオンたちも山下のパンチ力に感心することしきりだった。

興行収入はふた桁に乗って面目保つ


では、肝心の興行収入はどうだったのか。作品の質は後世に語り継がれるためにも必要な文化的価値だが、その映画でどれくらい稼げたか、という商業的な価値も見ておかなければならない。

冒頭に書いたように公開は2月。厳しい条件だったが、初週が3億、3週目が8.1億。最終的には12~13億。この原稿を書いている時点で15億は厳しいかな、という動きである。

前に述べたように、同作には熱心なファンがいるが、何はともあれ『あしたのジョー』だから見に行くという人と、とにかく山Pでは絶対にダメだという人とにわかれる。

それはもう、読者の価値観の問題だから仕方ない。原作ファンを全員とりこむことは当初から難しいと言われていたから、いろいろ評価はあるだろうが、数字的には関係者のおおかたの予想に近いものといえるのではないだろうか。

この数字については、ほぼ拮抗した作品がある。一足お先に公開された草なぎ剛の『僕と妻の1778の物語』だ。こちらは初週が1.5億、3週が7.5億、6週で11億を超えている。『山のあなた 徳市の恋』が大コケと言われたが、その興収が3億。今回は上映館が倍(158→315)に増えて興収は4倍増。大ヒットとはいえなかったが、地味なテーマでまずまずの数字だろう。

一昨年のフルチン絶叫事件の遠因だったといわれる『山のあなた……』の不振。盲目のマッサージ師役自体は熱演といわれていたが、それまで『黄泉がえり』や『日本沈没』で数字を作ってきた草なぎにとっては、その前に沙悟浄役で出演した『西遊記』も1.9億と連続して不振だったために、悩んだのかもしれない。

作品がコケても逆に話題になる木村拓哉や中居正広らと違い、自分は結果を出さなければ存在価値がないと自己認識している「SMAP5番手を走る男」は、その当時ビートたけしに自分を映画で使って欲しいと、食事していた焼肉店で待ち伏せて土下座したという話もある。精神的に相当追いつめられていたのだろう。

それはともかくとして、『僕と……』では山下同様、役作りがポイントだったようだ。山下智久の場合には形(体)から入っていったが、草なぎは内面の方に苦労があった。

「僕は結婚していないから、大切な妻を亡くす気持ちを現場で作るのが大変でした。最愛の人が欠けてしまう怖さとか、どうしようもない不安を持っていないと、この映画はすべてがウソになるから。心の準備は、しっかり整えてきました。

でもバラエティ番組に出た直後に撮影に入るときは、すぐに心がそっちに行けなくて。少し撮影に入るのを待ったもらったりもしました。朔太郎になれる瞬間まで、星護監督とたくさん話し合った覚えがあります。

星さんとは何度も仕事をご一緒していますが、あんなに役について長い時間話したのは初めてだったかもしれない」(ビクトアップ#68)

繊細な役を演じる者らしいコメントである。先月号のこのコーナーでもご紹介したように、撮影は“奇跡的な青空”など良い形で進んだという。

武術を会得してSPの重厚さを表現


山下智久の“矢吹ジョー”にとって、草なぎ剛の“牧村朔太郎”が数字のライバルならば、役作りのライバルは岡田准一演じる“井上薫”だろう。

昨秋に公開された『SP 野望編』はテレビドラマファンの待望論とともに、試写会で麻生太郎元首相を警護するパフォーマンスも話題を呼び、興行収入が36.3億円を叩き出すヒットになった。

3月12日に公開された『SP 革命篇』(波多野貴文監督)は、公開1週間前の3月5日に、映画で描かれた事件の前日をドラマにした『SP 革命前日』(フジテレビ系)を放送。一部劇場では2月に「野望篇」を一律1000円で「復習上映」も実施した。

これだけ見れば、イケイケノリノリという感じだが、もちろん、岡田准一にも苦労はあった。

岡田准一は、その前に出演した『花よりもなほ』の興収がほぼ『山のあなた……』と同じ3億円。時代劇というターゲットが難しいジャンルのため草なぎ剛ほど叩かれなかったが、もう少し数字は欲しかった。

しかも、その後に放送されたテレビ版の『SP 警視庁警備部警護課第四係』では、背が低く華奢な岡田はSPのイメージではない、などというネガティブな評価も一部には出ていたのだ。

SPというのは専門性の高い職業のために、山下智久のボクサー役と同じで、しょせんジャニタレに何ができる、という先入観が世間にはあったのかもしれない。

だが、岡田准一はこの作品を「(原案・脚本で直木賞作家の)金城一紀さんと一緒に、日本のエンターテイメントの力になれるような、超ド級の作品を作りたいと考え続けてきた結果」(「日刊スポーツ」10年10月23日付)としている。

草なぎ剛は「(僕シリーズは)最初から映画やろうと思ってはじめたわけじゃないですけど」(2月8日放送の『STOP THE SMAP』)というが、岡田准一の場合には、「『プロフェッショナルなSPという職業をテーマにしたら面白いね』という発想からドラマ化されましたが、当時から映画化を考えていました」(前出の「日刊スポーツ」)という“野心”が最初からあった。この作品を「僕にとって20代の集大成、運命」(同)と考えていた岡田准一が燃えないはずがないのだ。

「多忙な仕事の合間をみては週1、2回のペースで道場に通い、ジークンドー、カリ、修斗を学んだ。熱心な取り組みとセンスの良さで、28日にジークンドーとカリのインストラクター免許を同時取得。道場師範から『アブランティス・インストラクター/上級クラス生徒』の免状を受け取った。

ジークンドーは、ブルース・リーが創始した武術で、リーを頂点に9段階、8ランクのランク付けがなされている。『アブランティスー』は3段階目の位置付けで、同ランクから生徒の指導できる立場となる。

岡田准一はその成果を撮影現場でいかんなく発揮。8カ月に及んだ撮影期間中、アクションの構成にも参加し、アクションシーンはスタントマンなしですべてを自ら演じた」(「デイリースポーツ」10年9月30日付)。

いちいちひとつの仕事にそれだけ入れ込んでいたら大変だ。しかし、そうやって技術と心をSPにすることで、共演者の堤真一をして「体つきが(07年の)ドラマの時と格段に違う」と舌を巻き、真木よう子も「丁寧に教えてくれるけど、できないと怖い」とコメントするまでになった。

その結果が今回のヒットにつながったのである。

ジョー、朔太郎、薫、役作りと興行収入で競い合い

山下智久の演じるストイックでアグレッシブなスポーツ選手、草なぎ剛のピュアな心を感じさせる切ない演技、岡田准一の重厚なアクション。いずれも、「たかがジャニタレ、事務所が背後にあるからできた」などと軽口はたたけない立派な俳優としての役作りと演技である。

彼らがお互いを意識したかどうかは定かでないが、彼らの意図や自覚にかかわらず、背景や作品に共通項を持つ者たちの前向きな気持ちが伝わってくるようだ。
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  • 作者: MYOJO編集部特別編集
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