ジャニーズタレント徹底論考

2度とフォーリーブスの名前を使わせない?

フォーリーブスは1978年8月31日に解散した。元祖ジャニーズの4人組に変わってジャニーズ事務所を支えてきたが、ジャニー喜多川の好みはあくまでも若い10代の男の子。この頃のフォーリーブスは、すでに峠を大きく越していた。それだけが理由ではないが、「若さ」を売りとするグループにはいずれこの日が来るのだ。

前年の1978年7月21日に最後のシングル『THE ENDーおもいがけず出会ったらー/夢のかけら』をリリース後、1ヶ月にわたる全国ラストツアーを行い、8月31日に新宿の東京厚生年金会館のステージで解散した。

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そのときは、メリー喜多川が舞台に上がって「これから頑張っていこう」とメッセージを発した感動のフィナーレだったが、その一方では「2度とフォーリーブスの名前を使わない」という念書もとっていたといわれ、ジャニーズ事務所のシビアさが明らかになった。

それでいて、彼らはジャニーズ事務所に復帰したわけでもないのに、24年後の2002年には再結成されている。そんなにシビアなメリー喜多川がどうして許したのか。

当時係争中だったジャニー喜多川のホモセクハラ裁判と関係した動きではないかともいわれている。

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青山孝がジャーニーズ事務所の女性タレントと結婚

フォーリーブスの青山孝(のちに孝史)は、1977年10月、ジヤニーズ事務所の第2号女性タレントの嶋田じゅん(1970年のミス・ユニバース日本代表のハーフ)とロスで結婚。披露宴は東京で開かれたが、当時の『3時のあなた』(フジテレビ)で生中継。ツーショットが実現している。

これは、すでに下り坂であったフォーリーブスに対する話題作りの感があったが、それもむなしく、同年11月には7年連続出場した紅白歌合戦の落選が決定。コンサート会場の動員も少しずつ落ちていった。

後に、井ノ原快彦と瀬戸朝香が結婚した時、そのツーショット会見を公にして「ジャニーズ事務所初」と話題になったが、当時、梨元勝氏は、「青山孝がすでに行っている。芸能マスコミは不勉強」と反発していた。

要するに、ジャニーズ事務所の「現役タレント」としては唯一ということだったのだろう。出来婚の木村拓哉も工藤静香と並んだツーショット会見は行っていないのだから。
アイドル帝国ジャニーズ 50年の光芒 (宝島社新書)

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  • 作者: 小菅 宏
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2012/06/09
  • メディア: 新書