ジャニーズタレント徹底論考

ジャニーズ一家の末っ子

葵テルヨシというタレントを覚えているだろうか。葵は文字通り「あおい」と読む。かつてのジャニーズタレントである。1973年6月21日、ポリトールレコードから、葵テルヨシ名で『かんじる10代』でレコードデビューした。

葵テルヨシのキャッチフレーズは「フォーリーブスの弟、ジャニーズ一家の末っ子」だった。

かんじる10代

ジャニーズ事務所は、現在もファミリーというコンセプトを持っている。所属タレントはジャニー喜多川の子どもという位置づけなのだ。ということは、所属タレント同士は兄弟である。

さすれば、葵テルヨシはフォーリーブスの弟分になるわけだ。

だが、当時はまた郷ひろみも在籍していた。そして、郷ひろみも5番目のフォーリーブスという弟分的位置づけだった。

そこで、キャッチフレーズとしては長くなるかもしれないが、たんなる弟分だけでなく、「ジャニーズ一家の末っ子」と加えたのだろう。

本来、キャッチフレーズというのはひとつのセンテンスで決めるものだが、そこはジャニー喜多川翁のことだ。従来の考え方にこだわらず、独自であってもいいと思ったものを打ち出していくのだ。

当時、葵テルヨシという芸名には重い意味があり、それほどジャニー喜多川が期待したタレントと言われていた。

しかし、フォーリーブスのようにブレイクはせず、シングル7枚、アルバム2枚リリース後、1976年に指揮者・豊岡豊の娘との結婚を期に歌手を引退。

名前も葵テルヨシから葵てるよし、つまりカタカナからひらがなに改名した。

しかし、その後設立した芸能プロダクション(アオイコーポレーション)では、風間トオル、美木良介、細川茂樹、玉木宏らの売り出しに成功した。

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『天下のおやじ』に息子役で出演

葵テルヨシは、1974年に『天下のおやじ』(国際放映、日本テレビ)というドラマにレギュラー出演している。

これは、木下恵介監督の『破れ太鼓』(1949年)のリメイクだった。

一代で建設会社を大きくしたワンマン親父と、それぞれ巣立っていく子どもたちを描いた物語である。

テレビでは、木下恵介アワーの中ですでにドラマ化されており、そのときは進藤英太郎と風見章子が夫婦役。子どものひとりとして、ジャニーズ事務所出身のあおい輝彦が出演してテーマソングも歌っている。

その意味で、原作が同じ作品に、ジャニーズ事務所つながりで、同じ「あおい」が出演しているというのは因縁めいた話である。

葵テルヨシが出演したドラマは、長門勇と草笛光子の夫婦だった。

息子たちは、渡辺篤史、寺尾聰、武原英子、水谷豊、そして葵テルヨシだった。

葵テルヨシが、「うちの親父はいつも、カレーライスを食べている」という弾き語りをして、父親の長門勇をホロリとさせたシーンは名場面だった。
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